เข้าสู่ระบบそれは、あまりにも静かな形で始まった。東亜リンクス商事・社内通達。件名は簡潔だった。――鷹宮綾乃 課長海外関連案件より一時的に外れること理由は、「外部からの不要な憶測を避けるため」。配慮という言葉で包まれた、事実上の“切り離し”だった。(……来た)綾乃は、通知画面を閉じ、深く息を吐いた。疑いは和らいだはず。だが、完全に晴れたわけではない。そして何より――自分が中心にいる限り、九条ホールディングスが標的になり続ける。それが、黒幕の狙いだった。同じ頃。九条ホールディングスでは、別の“圧”がかかっていた。主要取引銀行からの、非公式な打診。「最近の件を踏まえると――ご家庭の事情が、経営判断に影響しているのでは?」露骨な言い方ではない。だが、意味は明白だった。――妻を切れ。玲司は、表情を変えずに聞いていた。「ご心配には及びません」「……では、鷹宮課長が、個人的に動いている件については、ご存じですか?」その一言で、黒幕が“夫婦を分断しに来ている”ことは、はっきりした。その夜。九条邸。綾乃は、先に書斎に入っていた。「私、会社を一時的に外されることになったわ」玲司は、眉一つ動かさない。「想定内だ」「……あなたの方も?」「来ている」短い会話。だが、その間に、二人は同じ結論に辿り着いていた。「ねえ、玲司」綾乃は、静かに言った。「このままだと、“夫婦でいること”が、あなたの弱点になる」「……だから?」「だから」綾乃は、視線を逸らさずに続けた。「私は、あなたの庇護の下から出る」一瞬、空気が張り詰める。「単独で動く?」「いいえ」綾乃は、首を振った。「表では、あなたと距離を取る」「裏では?」「裏では、“見限られた人間”として動く」玲司の目が、わずかに細くなる。「危険だ」「わかってる」それでも、綾乃は退かなかった。「でも、今の私は――守られている限り、駒でしかない」机の上に、彼女は一枚の紙を置いた。それは、東亜リンクス内部でまだ誰も把握していない**“保証契約の裏付け資料”**だった。「これを、私が追う」「綾乃」「これは、私が始めた仕事」声は震えていなかった。「私が終わらせたい」長い沈黙。やがて、玲司は低く言った。「……一つだけ条件がある」「何?」「一人で動く
東亜リンクス商事の社内は、表向きには静けさを取り戻していた。専務取締役**水城 祐次(みずき ゆうじ)**の辞任。それは、あまりに早く、あまりに都合のいい決着だった。社内向けの説明は簡潔だった。――「一部の取引において、独断による不適切な処理が確認された」――「会社として深く反省し、再発防止に努める」それ以上の説明はない。そして――鷹宮綾乃に対する、外部監査チームによる本格的なヒアリングは、行われなかった。形式的な書面確認だけで、調査は打ち切られた。だが。不正の“中身”が消えたわけではなかった。綾乃は、自室のデスクで、非公式に集めた資料を並べていた。数字。送金記録。海外子会社の契約書。「……ひどい」思わず、声が漏れる。問題は、単なる横領や粉飾ではなかった。■ 不正の核心海外エネルギー開発プロジェクト――それは、東亜リンクスが社運をかけて進めていた事業だ。だが実態は、・実在しない現地協力会社への多額のコンサル料・市場価格の3倍近い資材調達契約・成果未達にもかかわらず発生する“成功報酬”その送金の一部は、複数の海外ファンドを経由し、別の巨大資本へ流れていた。さらに致命的だったのは――「……保証」綾乃は、契約書の一文を指でなぞる。東亜リンクスは、その海外事業の損失に対し、連帯保証人になっていた。しかも、その保証額は――(会社が一度、傾けば……)いや、傾くどころではない。一気に、資金繰りが崩壊する。そうなれば、銀行は即座に手を引く。株価は暴落。連鎖的に関連会社が破綻する。「……倒産誘導」ぽつりと、綾乃は呟いた。これは、利益を抜くための不正ではない。潰す前提で仕組まれている。水城は、確かに実行役だった。だが――(この規模を、彼一人で?)ありえない。その夜。玲司は、書斎で同じ資料に目を通していた。「水城は、途中で気づいた可能性が高い」「……気づいて、引き返せなかった?」「あるいは、最初から“逃げ道”を用意されていた」玲司は、書類を閉じる。「辞任で済むように、な」綾乃は、静かに頷いた。「つまり……彼は捨て駒」「ああ」玲司の視線が、鋭くなる。「本命は、表に出ない。企業でも、個人でもない可能性が高い」「……財閥?」「それも一部だ」玲司は、短く息を吐いた。「
南條邸の応接間は、昼間だというのに薄暗かった。重厚なカーテンの向こうで、冬の光が遮られている。「……失敗したわね」南條家の長女・南條沙耶は、静かにそう言った。手にしたグラスの氷が、かすかに音を立てる。「九条玲司が、あそこまで動くとは思わなかった」向かいに座る男――東亜リンクス商事・専務取締役、水城祐次は、顔色を失っていた。「い、いえ……私は言われた通りに……」「ええ。だからこそ、よ」沙耶は微笑む。だが、その目に感情はない。「あなたは“言われた通り”に動いた。そして――もう役目は終わり」男は理解した瞬間、喉を鳴らした。「ま、待ってください。私は――」「勘違いしないで」沙耶は、グラスを置く。「九条家に逆らうつもりはないの。だから切るのよ、あなたを」それは、復讐ではない。ただの整理だった。「鷹宮綾乃の不正疑惑は、ここで一度“誤解”になる。 九条ホールディングスが噛んでいる、という話も消える」「……では、私は?」「責任を取った“内部不正の首謀者”」男は、膝から崩れ落ちた。「南條家は、いつだって“負けない側”にいるの」沙耶の声は、どこまでも穏やかだった。――本当は、悔しかった。玲司は、本来“こちら側”に来るはずだった。政略でも、感情でも、選ばれるのは自分だと信じていた。それを、鷹宮綾乃という女が奪った。「夫婦、ですって……」沙耶は、唇を歪める。「厄介ね。でも――だからこそ、壊しがいがある」その目に、執着の火が宿った。同じ頃。九条邸のリビングで、綾乃はスマートフォンの画面を見つめていた。《東亜リンクス商事・専務取締役 内部不正の疑いで辞任》「……」肩の力が、すっと抜ける。「疑惑は、いったん沈静化する」背後から、玲司の声がした。「九条ホールディングスへの調査も、形式的なものに切り替わる」綾乃は、ゆっくり振り返る。「……ありがとう」その一言は、これまでになく小さかった。「礼を言われることはしていない」「それでも……」綾乃は、言葉を探すように一度視線を落とし、それから、ぽつりと続けた。「正直、怖かった」玲司は、何も言わずに聞いている。「自分が疑われるのは、慣れてる。でも……あなたの会社まで巻き込んだって言われた時、足がすくんだ」綾乃は、自嘲気味に笑った。「情けないわね」「
不正という言葉は、いつも唐突に現れる。それまで積み上げてきた実績も、肩書も、信用も――たった一度の疑念で、すべてを塗り替える。鷹宮綾乃が「調査する側」から、「調査される側」に回ったのは、ある資料が提出された瞬間だった。「これは……」外部監査チームが提示したのは、海外エネルギー開発プロジェクトに関する送金記録の写し。送金承認者の欄に、はっきりと記された名前。――鷹宮 綾乃。「承認した覚えは、ありません」即答だった。記憶は、はっきりしている。だが、担当者は静かに首を振る。「電子承認の履歴が残っています。IDも、パスワードも、本人のものです」それは、“否定できない形”で用意されていた。(……完璧すぎる)不正は、ずさんだから露見するわけではない。最初から、誰かに被せるつもりで作られたものほど、綺麗だ。綾乃は、その場で理解した。――これは、偶然ではない。――狙われている。しかも、ただのスケープゴートではない。「もう一つ、気になる点があります」監査チームの一人が、資料をめくる。「この送金先ですが、九条ホールディングス関連会社と、間接的につながっています」その瞬間、空気が変わった。(来た……)「九条ホールディングスは、本件について“無関係”だと説明していますが」意味深な間。「奥様が関係者である以上、完全に切り離すのは難しい」――つまり。綾乃が疑われているのは、不正をしたからではない。九条ホールディングスとつながる“立場”にいるから。その夜。九条邸の書斎で、玲司は静かに資料を読み込んでいた。「これは、俺たちを一緒に沈める構図だな」「ええ」綾乃は、短く答える。「私個人の不正に見せかけて、九条ホールディングスも疑惑の輪に入れる」玲司は、口元を歪めた。「やり方が、古い」「でも、効果的よ」綾乃は続ける。「“夫婦”という関係がある限り、完全な否定はできない」そう。結婚は、今や鎖だ。玲司は、ふと視線を上げる。「……なぜだと思う?」「何が?」「なぜ、俺と君の結婚が、ここまで都合が悪いのか」その問いに、綾乃は一瞬、答えを躊躇った。だが、隠す必要はない。「九条ホールディングスは、次の大型再編で“中核”になる」玲司は頷く。「そこに、鷹宮財閥の血が入る」「ええ」綾乃の声は、静かだっ
夜の九条邸は、相変わらず静かだった。広すぎる廊下を歩きながら、 綾乃は、自分の足音がやけに大きく響くのを感じていた。(決断前夜……か)そんな言葉が、ふと頭をよぎる。明日、 外部監査チームによる本格的なヒアリングが始まる。名目は形式的な確認。 だが実態は、誰を切るかを決めるための場だ。その対象に、自分の名前が含まれていることを、綾乃は知っている。そして―― 九条玲司が、その事実を知っていることも。書斎の灯りが、ついていた。ノックをする前に、中から声がした。「入れ」扉を開けると、玲司は机に向かったまま、書類に目を落としていた。その背中は、いつもより少しだけ、重く見える。「……こんな遅くまで?」「習慣だ」そっけない返事。 だが、それでいい。今夜は、言葉の装飾はいらなかった。綾乃は、机の向かいに座る。「明日から、始まるわね」「ああ」短い応答。「私、呼ばれると思う」「呼ばれるだろうな」否定しない。 その事実が、胸に刺さる。「もし――」言いかけて、綾乃は一度言葉を切った。「もし、私が“切られる側”に回ったら」玲司の手が、止まった。「どうするつもり?」視線が合う。反らさない瞳。 だが、決意を測りかねている目。「あなたは、会社を守る?」問いは、静かだった。責めてもいない。 試してもいない。ただ、知ろうとしているだけだった。玲司は、すぐには答えなかった。代わりに、机の引き出しから一つのファイルを取り出す。「これは、最悪の場合のシナリオだ」差し出された資料。そこには、九条ホールディングスが被る損失、切り捨てるべき事業、 そして――「……私の名前」「そうだ」玲司は、淡々と頷いた。「君を切れば、被害は最小で済む」その言葉は、残酷なほど正確だった。「夫婦関係を解消し、案件から完全に外す。そうすれば、説明はつく」綾乃は、資料を閉じた。(やっぱり……)覚悟はしていた。 それでも、胸の奥が、少しだけ痛む。「でも、それは――」玲司が続ける。「祖父と同じ選択だ」その一言で、部屋の空気が変わった。「人を切って、会社を守る」静かな声。「正しい判断だ。経営者としては」綾乃は、息を吸う。「……あなたは?」問い返す。「あなた自身は、どうしたいの?」一瞬の沈黙。その沈黙は
九条玲司という男は、感情を表に出さない。それは生まれつきの性格だと、綾乃はどこかで思い込んでいた。だが、それが“選んだ姿勢”なのだと知ったのは、 ある一通の古い資料を目にしたときだった。九条ホールディングス創業期の内部記録。 監査資料の付録として、偶然紛れ込んでいたものだ。(……祖父の代?)そこに記されていた名前。――九条 玄雅。玲司の祖父。 澄江が、決して多くを語らなかった相手。資料は、淡々と事実だけを並べていた。創業直後の急成長。 政界との距離。 ある年を境に、突然切られた共同事業。そして、その余白に、短く書き添えられた一文。『私情が、経営判断に影を落とした可能性あり』私情。たったそれだけの言葉が、 異様に重く感じられた。その夜、 綾乃は意を決して、玲司にその資料を差し出した。「……これ、知ってる?」玲司は、一瞥しただけで視線を伏せた。「知っている」即答だった。「じゃあ、これは?」綾乃は、指で一文をなぞる。『私情』「それが、何を指しているかも?」沈黙。書斎の空気が、静かに張り詰める。やがて玲司は、低く息を吐いた。「祖父は、恋をした」それは、あまりに率直な言い方だった。「相手は……私の祖母よね」否定はなかった。「玄雅は、あの時代の人間だ。家と会社が、人生そのものだった」淡々とした口調。 だが、その奥に、わずかな棘が滲む。「私情を優先すれば、会社が揺らぐ。会社を守れば、人を失う」玲司は、資料から視線を上げた。「祖父は、後者を選んだ」(だから、お婆さまは……)綾乃の胸が、きゅっと締めつけられる。「祖父は、その選択を正しいと思っていた。でも――」玲司は、そこで言葉を切った。「でも?」「……祖父は、最後まで笑わなかった」その一言が、過去を一気に近づけた。「父も、同じだった」今度は、父の話。「九条家では、“感情は判断を鈍らせるもの”だと教えられる」綾乃は、はっとする。(だから、この人は……)「結婚も、信頼も、情も。すべて、管理できる範囲に置けと」それは、教えであり、呪いだった。「……じゃあ、私との結婚も?」問いは、自然に口をついて出た。玲司は、綾乃を見た。まっすぐに。 逃げも隠れもしない目で。「最初は、そうだ」胸が、少し痛む。「だが今は違う」綾







